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PUBLICA SPORTS 夢を追いつづけ復元された幻のパブリカスポーツ パブリカ (Publica) は、トヨタ自動車が1961年から1978年まで生産した小型乗用車。 「パブリカスポーツ(型式:145A(パブリカスポーツ))」は当時の小型スポーツカーの秀作、トヨタ・スポーツ800(通称「ヨタハチ」)の 前身として試作された車であり、現在ではトヨタの系列会社である関東自動車にて新たな小型スポーツカー構想として製作された。 名前に示されるとおり、「パブリカスポーツ」は当時のトヨタの最小のモデルである大衆車「パブリカ」のエンジン及びシャシーを 流用することを前提に開発が進められた。 昭和36年より計画原案が始まり、昭和37年(1962年)の東京モーターショーにモトラマカーとして出展されたこの車は、 小馬力であるパブリカ用エンジンで高性能を確保するため、航空機さながらに徹底した軽量化と空力抵抗の低減が図られるのだが、 その背景には開発元である当時の関東自動車に多くの戦時中航空機技術者が関わっていたからと推測される。 その航空機的な発想は、軽量化のために当時としては難易度の高いモノコック構造の利用し、フロアパネルへのハニカム構造の導入、 空気抵抗の低減のため徹底して丸みを帯びたデザイン、そしてドアの代わりにスライド式キャノピーを採用するなど この車の随所に表現されている。本体色はシルバー。この小さなボディの2シーターカーの自動車ショーにおける評価は高く、パブリカスポーツは一次試作2台のみ作られただけで そのままUP15、つまりはトヨタ・スポーツ800への量産化へと進む。